玉 野 歴 史 街 道 鳥人幸吉イメージ
八浜町並みコース  
 八浜は三方を山に囲まれた小さな扇状平地に位置し、北に児島湖、東に金甲山を望み、西には神社仏閣を多く携えた落花生のような形の両児山(ふたごやま)があります。



八浜町並コース図



12.JR八浜駅→ 20.与太郎様→ 21.八浜城跡→
JR八浜駅 与太郎様 八浜城跡
JR八浜駅周辺図
 天正9年(1581)8月の八浜合戦の際、足の負傷が原因で命を落とした戦国期の武将、宇喜多基家を祀る。足腰の神様  天正9年(1581)宇喜多直家児島支配のため築城。猶子の与太郎基家が城主。
     
22.快神社→ 23.八浜八幡宮→ 24.御崎神社→
快神社 八浜八幡宮 御崎神社
 慶長年間(1600頃)の建立で、八浜宮西隣にある、子授けの神様として有名で、本殿の彫刻は近隣にない程、巧妙で荘厳なつくり。  応永34年(1427)建立し、八浜、見石、波知一円の氏神で、両児山北側山頂にあります。
 池田家の崇敬厚く、絵馬が奉納されています。
 玉野市八浜町の両児山(青竜山)の山頂にあり町の平地から265段の石段を登ると中央に八浜八幡宮、左に摂社快神社、右に末社御崎神社をお祀りしている。
     
25.宗蔵寺→ 26.金剛寺→ 27.蓮光院→
宗蔵寺 金剛寺 蓮光寺
 天正5年(1577)に建立し、臨済宗妙心寺派禅宗の寺で実相山宗蔵寺と名乗っていました。屋根の棟瓦の飛龍像造りは見物です。  応永31年(1424)に建立し、正しくは両児山金剛寺不動院といい、客殿は、児島湾の高島にあったものを移築したものです。  天明5年(1785)に建立し、正しくは両児山法雲寺蓮光院といい、櫻屋幸吉の檀家で位牌もここに納められています。
28.八浜本町通り→ 29.櫻屋幸吉橋 ←八浜市民センター
八浜本町通り 櫻屋幸吉橋 八浜市民センター
 虫こ窓、白壁、海鼠壁や焼板張りなどを持つ伝統的家屋は落ち着いた雰囲気で安らぎを感じます。  世界で初めて空を飛んだ鳥人、別名表具師幸吉にちなんだ橋。
八浜市民センター周辺図

鳥人幸吉の生い立ち
 「鳥人幸吉」こと、浮田幸吉は、江戸時代に世界で初めて空を飛んだと現代に至るまで語り継がれております。 幸吉は宝暦7年(1757)備前国八浜(岡山県玉野市八浜町)の旅館で生まれました。 大きくなって表具師をしていましたが、鳥のように空を飛ぶことを夢見ていました。 ある日、幸吉は鳩を生け捕りにして、羽の長さ、体重、その比率などを研究し、天明5年(1785)6月(旧暦)の夜8時頃、岡山市の中央を流れる旭川に架かる京橋のたもとで、竹や木の骨に紙を貼った翼を身につけて空を飛んで騒ぎを起こしました。 この為、幸吉は捕らえられて岡山を追放されてしまいました。 その後幸吉は駿府の江川町(静岡市江川町)に移り住み、備前の物産を売る店を開きました。 そのかたわら時計や入れ歯の修理をしていましたが、ここでも空を飛ぶ夢が捨てきれず再び翼を作り、こんどは阿部川の河原で空を飛んだということです。 この為、幕府にとがめられて追放され、見付に移り住み「備前屋」(磐田市見付・郵便局付近)という飯屋を開いていましたが、弘化4年(1847)8月、91歳で亡くなりました。 幸吉のお墓は、大見寺墓地(南西の隅)にあります。 戒名は、「演誉清岳信士」と大見寺の過去帳に記されています。 八浜では、平成6年から、毎年「鳥人幸吉まちづくりフェア」を地元民が手作りで開催し、その偉業をたたえ幸吉をしのんでいます。 


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