| 10.JR八浜駅→ |
11.硯井の井戸→ |
12.硯井天満宮→ |
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海中に清水の湧く硯井として有名。 |
学問の神、菅原道真公を祀る天満宮を中心に遊園地、グランド、梅林等がある。 |
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| 13.殿川井戸跡→ |
14.大塚家五輪塔→ |
15.辻の堂五輪塔→ |
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| 天正時代、この山頂に麦飯山城という城があり、麦飯山城の城兵の命を守る、重要な水源であったといわれている。 |
常山落城の時、惣門二の丸の侍大将国富一学は、この地にのがれ帰農土着して大塚姓を名乗り、大崎の組頭を勤めた一族の五輪塔といわれている。 |
天正4年(1576)麦飯山の戦いで戦死した城主、明石源三郎の墓なのか謎のままである。
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| 16.柳畑古戦場→ |
17.福寿寺→ |
18.大崎八幡宮→ |
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| 天正9年(1581)8月二回目の八浜合戦の時、毛利軍と宇喜多軍の戦争の発端となった地。 |
児島八十八ヶ所第69番の札所。
本尊如意輪観音。 |
平清盛の父、忠盛が備全国司の時、平家水軍の守神であった市岐島姫を祀る。 |
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| 19.道清夫婦の墓 |
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天正3年(1575)常山落城の時、城主の末姫が城を脱出し、住んだ所に夫婦墓がある。
鯉のぼりを立てない地区 |
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| 麦飯山城の築城はわからない。 最初の城主といわれる明石源三郎は浦上家の家臣であり、もと赤磐郡の保木城主であったが、いつの頃からか麦飯山城に転じている。 浦上氏が毛利に対して、その西の守りをこの城においたのだろう。 宇喜多直家を乙子の城に置いて、吉井川口を守らせた浦上氏の一連の制海守備の第一線であったのだろうか。 麦飯山城の戦いは天正4年(1576)に、小早川隆景、安国寺恵慶を大将に、出雲征伐より帰った備中勢のほとんどをこの城に向けて攻めよせた。 その数二万騎といわれる。 城将の明石源三郎は宇喜多直家よりの援兵三千余騎とともに籠城して、毎日戦闘をくりひろげたが、毛利勢は四方を囲ってその糧道を絶ち、水源さえもおさえた。 この城には大崎の殿川と横田の麓だけに井戸があり、そこまで行かねば水を得られない不便な山城である。 毛利方は人海戦術でこの四方八方を押さえたからたまらない。 城中から切って出、城主明石源三郎は備中の侍大将荘勝資と戦って壮列な一騎討ちをして戦死したが、その勝資もまた明石の家来に討たれてしまった、明石の家老田中源四郎も討たれ、遂に麦飯山は落城して、毛利の手に帰した。 |
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